
1. 浄土宗・利生山観音院 浄圓寺(鹿島区横手)
木造の観世音菩薩立像。高さ68cm で連座は約29 センチ厨子もしっかりした造りの「美しい仏像」。庭園、門前の桜は見事で遠方より訪れる方が多い。●お問い合わせ 0244-46-3664
2. 中目山 岩院阿弥陀寺(鹿島区南屋形)
創建は応永13 年(1406)開祖は源尊上人で創建前から浄土宗名越派の布教は応永三年(1396)頃からと見られる。国指定重要文化財の 刺繍阿弥陀名号掛軸・県指定重要文化財の 刺繍阿弥陀三尊来迎掛軸・法然上人像板木・市指定有形文化財・ 阿弥陀寺の善光寺式仏像・ 阿弥陀寺の銅鐘・阿弥陀寺の大イチョウ(公孫樹)・ 高台寺式唐草模様懸盤漆塗膳椀が保存されている。●お問い合わせ 0244-46-4662
3. 延喜式内 鹿島御子神社(鹿島区)
延暦24 年(805)社殿の炎上により再建は大同元年4 月17 日(806)。当時乱臣賊徒が多く、この賊徒が真野川にあった天足別命の仮宮に放火、これを直ちに鎮火し賊徒も征伐。その後、火が再びこないよう本殿をうるおした。この故事から火伏せの神事が伝承された。(神社の諸碑:千倉神祠碑・聖徳太子碑・征馬忠魂碑・鬼風句碑がある。)行方八社の一社でもある。(境内には市指定天然記念物の大けやきがある。)●お問い合わせ 0244-46-2373
4. 平出山宝蔵寺(鹿島区北海老)
創建は延暦20 年(801)本尊は不動明王で、蝦夷大将軍坂上田村麻呂が宝蔵寺を建て、蝦夷征服を祈願させたと伝えられている。市指定文化財 は 曳覆曼茶羅版木・弘法大師御影版木・牛王宝印版木・市指定記念物は楓と大モミ推定樹齢400 年がある。他に、持仏堂虚空蔵尊・能満虚空蔵菩薩・持仏堂弁財天が祀られている。山門と春・秋の景観は必見の寺。
●お問い合わせ 0244-46-2097
5. 男山八幡神社(鹿島区寺内)
境内には男山八幡神社摂社・諏訪神社がある。創建は建武年間(1334 〜 38)で、藤原朝臣興世が陸奥守となり奥州に来た時、この地を選んだという。国土安穏、婦女安産、嬰児堅固、信仰篤く隆盛の神社で妊娠参拝し「おまくら」を借り祈ると、必ず安産すると伝えられ安産守護の神として信仰。●お問い合わせ 0244-46-2767
6. 日吉神社(鹿島区江垂字中舘)
県無形民俗文化財指定「お浜下りと手踊り」市指定天然記念物「大スギ」。創建は康永三年(1344)改築明治15 年、明治34 年(1901)9 月27 日郷社となる。12 年毎のお浜下り大祭、江垂宝財踊、江垂神楽、小島田神楽、塩崎獅子舞、日置流印西派弓芸、各種手踊り、大名行列などが奉納される●お問い合わせ 0244-46-2797
7. 千手観音堂 塩崎岩屋堂(鹿島区塩崎岩屋堂)
市指定史跡、 岩屋堂の磨崖仏・創建は鎌倉時代末〜室町時代と云われる。「奥相志」には:観音堂の額を掲ぐ。多聞天、法蔵仏、子安観世音、正観音、本尊千手観世音、十一面観音、上品上生阿弥陀如来、地蔵菩薩、毘沙門天の九尊の仏像を岩に彫刻すと記載されている。また、道路沿いに走ると新横峯溜池、報徳二宮神社が見れる。●お問い合わせ 0244-46-4281(鹿島歴史民俗資料館)
8. 新田山泉龍寺(原町区北新田)
正面に本堂、左側に観音堂「子育て観音」でも知られ、信仰を集めている。境内には「願かけ大師堂」等三つの堂、本尊十一面観世音菩薩は運慶の正作にて石神村の主仏であった。明治3 年(1870)に合院して現在の名に改称された。石神山西福寺:奥相三十三観音の29 番札所
●お問い合わせ 0244-23-2357
9. 泉観音堂(原町区泉寺家前)
奥相三十三観音巡拝の第10 番札所。石の鳥居、赤い鳥居、狛犬が目標、正面に観音堂がある。境内には、不動堂、薬師如来堂、足尾山神社。本尊の十一面観世音菩薩は天竺伝来の像とも、大同2 年徳一大師の作とも伝えられている。(泉村閼伽井山東光院)●お問い合わせ 0244-23-6421(南相馬市博物館)
10. 相馬文殊 高倉文殊堂(原町区高倉)
知恵の菩薩「三人寄れば文殊の知恵」祈願として、毎年1 月初旬に御開帳が行われる。「知恵枕」のお札を受け枕の下にして寝ると祈願がかなうと云われ、毎年干支にて発行される。本堂は大同元年(806)空海(弘法大師)の建立と伝えられ、藩主相馬忠胤が明暦3 年(1657)現在の中峯にお堂を再建。境内には、歯痛地蔵尊・痔地蔵尊・腹痛地蔵尊・頭痛地蔵尊の四地蔵尊が祀られている。●お問い合わせ 0244-22-2114(原町観光協会)
11. 平田山新祥寺(原町区本町)
周辺が商店街で、山門を入って直ぐ正面に本堂、鐘撞き堂がある。「奥相三十三所巡礼観音霊跡記」によると、第30 番札所で本尊は慈覚大師作で如意輪観世音菩薩、丈は2 尺、台座1 尺6 寸。他に湛慶作の地蔵韋駄天の霊像があると言われている。●お問い合わせ 0244-24-3737
12. 旧武山家住宅(原町区北原)
(国重要文化財:建造物指定)18 世紀後半に建築された、典型的な在郷給人の住まい。屋敷地は四千平方mの広さで、中央に母屋、向かって右側に一棟の馬屋、納屋が接続。その他土蔵、雪隠(便所)、隠居、閉居等の建物が母屋の周辺に配置されている。
●お問い合わせ 0244-23-6421(南相馬市博物館)
13. 三嶋神社(原町区本町)
大山祇命を祀り、天正から寛永中、南北新田、桜井を領地とした新舘氏が鎮守として勘請したものと伝えられている。市指定文化財の竜と唐獅子は市指定有形文化財彫刻は宝蔵院にある。「奥相志」に修験三島山大寿院とあり、記念銘に万延元年(1860)とある。●お問い合わせ 0244-23-3423 (三嶋神社)
14. 桜井古墳(国指定史蹟)(原町区桜井)
面積8,285.45平方m:形状は前方後方墳で全長75m、高さ68m。東北地方で3番目に大きい古墳。国の史蹟に指定され、4世紀後半と推定。新田川地域を支配した有力者の墓と考えられる。桜井古墳群1号墳●お問い合わせ 0244-23-6421(南相馬市博物館)
15. 常福寺(原町区本町) 16. 東本願寺原町別院(原町区南町)
寛政年間(1789〜1800)相馬藩の天明の大飢饉により深刻な財政難となり、他藩へ逃散が続出。時の藩主は諸国の農家から移住を図り加賀、能登の北陸、越後の各藩から相馬へ数百キロの旅をした。大半は本願寺門徒で、浄土真宗は移民した北陸門徒を中心に形成される。正西寺・常福寺(本派)からその後、説経場は東北別院の支院となる。明治21年(1888)本堂が現在地に建立。原町別院は明治35年(1902)4月である。●お問い合わせ 0244-23-2240(常福寺)
●お問い合わせ 0244-23-3624(東本願寺原町別院)
17. 太田山岩屋寺(原町区上太田前田)
曹洞宗の寺院で本寺を小高山同慶寺として、本尊は正観音。相馬藩第十一代の領主重胤が、永享8 年(1436)同11 年病により行方郡馬場の五台山に隠遁。同12 年卒去後、寺の裏山に塚を築いて葬り。今も重胤の廟壇があり、開山遠山祖久禅師の坐禅窟も残っている。●お問い合わせ 0244-23-5010
18. 妙見総本宮相馬太田神社(原町区)
鎌倉時代の相馬氏6 代当主相馬重胤は、元享3 年(1323)頃、本拠地を下総国相馬郡から奥州行方(南相馬市)へ移して居館を構えた。藩主が篤く信仰していた鎮守・妙見を下総から持参し、敷地内に鎮座させた。その妙見堂が相馬太田神社の由来とされている。●お問い合わせ 0244-23-2058
19. 医徳寺(原町区大甕)
「医徳寺のしだれ松」は市指定天然記念物、樹齢約300 年余の黒松の巨木で枝が珍しく, 地上2 mのところまで垂れ下がっている。山門は一見の価値有り●お問い合わせ 0244-22-4304
20. 小高山同慶寺(曹洞宗)(小高区)
相馬家墓地並びに相馬家霊堂(県指定重要文化財)イチョウは市指定天然記念物。創建は明応5 年(1496)13 代相馬盛胤が先祖や家臣の供養のため、三春城下の曹洞宗天沢寺の和尚を招いた事から始まった。墓地は第16 代相馬義胤ほか歴代の中村藩主が葬られ、28 基の大きな五輪塔が並んでいる。また霊堂には県指定文化財の「大名婚礼調度品」等も収められている。●お問い合わせ 0244-44-2335
21. 銅鐘国指定重要美術品(工芸品)(原町区鶴谷 長松寺)
奥州中村城三代城主相馬忠胤より寄進された銅鐘で、初代城主である相馬利胤の夫人(長松院)の菩提を弔う為に作られた。銘には「萬治二年己亥(1659)7 月15 日」とあり、鐘は工芸的にも歴史資料的価値が高く、国の重要美術品の指定を受ける。●お問い合わせ 0244-23-6421(南相馬市博物館)
22. 小高神社(小高区城下)
小高城跡に建つ神社。嘉暦元年(1326)領主相馬氏は小高の城を築き太田から居城を移し、相馬氏の鎮守妙見を祀る堂を建立鎮座させた。その妙見堂が相馬小高神社の由来とされている。相馬野馬追の最終日に行われる野馬懸の祭場地。●お問い合わせ 0244-44-2323
23. 大悲山の石仏(小高区泉沢)
石仏は平安時代(約1200 〜 800 年前)と推定され、この地で一千年前以上に比類なき仏教文化が花開いた事を示している。日本有数の古い石窟寺院と評価され、薬師堂・観音堂石仏・阿弥陀堂の石仏は「大悲山の石仏」と云われ、東北地方で最大、最古の石仏。昭和5 年に国指定史跡に指定。大悲山大スギも県指定天然記念物。24. 金室山金性寺(真言宗)(小高区)
毎年8 月には有名画家の幽霊の掛け軸が御開帳される。創建は永禄12 年(1569)とされ、相馬盛胤が真言宗を信仰。真言宗の本尊は大日如来だが、金性寺は妙見菩薩。境内には二十三夜堂があり、堂内には八幡菩薩が祀られている。●お問い合わせ 0244-44-2350
奥相三十三所観音
(相馬市九・鹿島区四・原町区四・小高区六・浪江町七・双葉町三箇所)※三十三観音は、西国、秩父阪東、それぞれの御国三十三所と日本各地にあり、信仰によって今に伝えられている。相馬三十三観音は相馬昌胤公が選定し、助水法師依って巡拝が初められ、雲泉居士が詠歌を詠んで完成したと云われている。三十三観音を定めたのは信仰の向上、各地の農事、他の視察の便、他国へ出国の防禦策などとしての政策であった。相馬三十三所観音を定めて以来、二百数十年後の今日でも、観音参り、霊場巡りの参拝者が少なくない。行方八社
常陸国行方郡は、白雉4年(653)におかれたと「常陸国風土記」がある。行方郡は1200 年間使われ、明治29 年(1896)相馬郡となり消滅が、古代の神社信仰を物語る行方八社があり、10 世紀に編纂された神社台帳ともいう「延喜式内社」又は「式内社」ともいわれる神社。特に原町区の神社は行方郡の中心地であることの証です。原町区:高座(たかくらの)神社・日祭(ひまつりの)神社・冠嶺(さかみねの)神社・多珂(たかの)神社・押雄(おしおの)神社:鹿島区:鹿島御子(かしまのみこの)神社・御刀(みとうの)神社:小高区:益多嶺(ますたのみねの)神社の八社があります。
◎お問い合わせ 0244-23-6421(南相馬市博物館)


























